ブレードランナー 2049

少し前に「ブレードランナーまであと2年」という記事で「ブレードランナー 2049」を紹介したが、公開翌日ベトナム出張へ出発する直前に品川で観てきた。

結論的には ”良かった、でもちょっと冗長”

良かったのは「ブレードランナー」の世界がなぜああなっていたのか、それからどうなったのかが映像的にきちんと表現されていたからだろう。
2019年のディストピアな世界の延長線のような映像ではなく、きちんと30年後のディストピアだったのがまず良い。



まったく異なる光景だが細部を見ると日本語やハングルが入り混じっていて、あの世界の延長だということが分かるにようになっていて、1982年のオリジナルから観ている世代もこの続編から見始めた客もどちらも違和感なく入り込めると思う。

もう1つは、ディックのオリジナルの小説を21世紀的に映画にしたらこうなったという点。

リドリー・スコットは「アンドロイドは羊の夢を見るか?」の舞台をLAに移したり翻案を加えた上であの映像にしていたが、今回の監督のドゥニ・ヴィルヌーブはディック+リドリー・スコットのイイとこ取り。
つまり、映像やストーリーはリドリー・スコットのそれを引き継いた上で、ディックの小説にあった自己と他者、本物と偽物といったテーマを21世紀のテクノロジーから類推するとこうなるという映像を作っているところ。

特にジョイの扱いにそれを感じる。ここは1982年ではさすがのリドリー・スコットやシド・ミードにも想像できなかった表現だと思う。


そう思うと「ブレードランナー 2049」がオリジナルの単なる続編ではなく、続編の形をとった「アンドロイドは羊の夢を見るか?」のリメイクでもあるとも言えるわけで、なかなかの傑作かもしれないと思わせるところである。

ただ手放しで絶賛と言えないのはやはりちょっと冗長過ぎるのではないかと。
オリジナルがすっかり頭に入っている者が見れば途中でだれが何者かだいたいあたりが付いてしまい、そこからエンディングまでがちょっと長い。

リドリー・スコット版のように映像がすべてを物語る作りになっていれば2時間弱に収まった大傑作だったと思うのだが。

映画が終わったとの観客の反応を見ていると、やはりオリジナルを見ていないと何が何だか分からない個所がいくつもあったようだ。
もしリドリー・スコットの「ブレードランナー」が未見であるなら、「ブレードランナー 2049」を鑑賞する前に一度は観ておいた方が良いと思う。

特に劇場公開時のオリジナル版を観ておくのが多分ベストだろう。

エドワード・ジェームズ・オルモスはある意味意外な登場をしていた。

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