Bustin’ Down The Door

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8月1日から渋谷シアターNで上映されるサーフドキュメンタリー映画「バスティン・ダウン・ザ・ドア(Bustin’ Down The Door)」を試写会で観てきた。

70年代中盤、ウェイン・ラビット・バーソロミュー、マーク・リチャーズ(MR)、ショーン・トムソンと従兄弟のマイケル・トムソン、ピーター・タウネンド(PT)、イアン・カーンズらがノースショアに乗り込んだドキュメンタリー。

ただし派手なサーフムービーではなく、サーフィンというスポーツにおける文化の衝突、新しい文化を作り出そうとする先駆者たちの苦悩などを描いた実にディープなドキュメンタリー映画だった。
サーフィンはあくまで背景でしかなく、もっと普遍的なテーマが描かれているので、サーフィンを知らない/興味がない人にも先入観なしで観て欲しいドキュメンタリーである。

とはいえ、多少でも背景を知っていた方が判り易いので、この物語が始まるまでの歴史を簡単に振り返ってみる。

元々サーフィンはハワイの王侯貴族のスポーツだったものだが、オリンピックの水泳競技で優勝するほどのデューク・カハナモクにより全米に広められ、それがさらに全世界に普及したという歴史がある。
海洋国であるオーストラリアにも当然サーフィンが伝えられたが、この国ではナット・ヤングらによりサーフボードやライディングの改革が行なわれ、いわゆるモダンサーフィンが誕生した。

その後、ハワイとオーストラリアでは相互に影響を与えながら発展していったが、文化的アイデンティティーとしてサーフィンを位置づけるハワイアンと、スポーツとビジネスとしてサーフィンを捉えるオージー(および米国本土やその他の国々)とではサーフィンへの捉え方が決定的に異なったまま1970年代に突入していく。

そして1974年、南アフリから自身の可能性を確かめようとショーン・トムソンが、オーストラリアからはラビットやMRやPTがそれぞれ野心や希望を抱きながらハワイのノースショアにやって来て・・・
何が起こったかは、この映画を観て、本人たちの口から語られる話に耳を傾けて欲しい。

結果的に、新しい産業が興り、またサーフィンを通じてお互いの文化に対するリスペクトが生まれ、ハワイやその他の国のサーフィンも次へとステップアップすることができたのだが、その過程でどうしようもないチンピラ小僧だったラビットやサーフバムのショーンが人間的にも成長したことがありありと判るのが感動的であり、サーファー以外の普通の人にも観てもらいと思う所以である。

使われているサーフ映像は主に70年代のサーフムービー。Free Ride、Many Classic Moments、Crystal Eyesなど。
Off The WallにおけるショーンとMRの有名な2 in 1のチューブとか、同じくショーンの信じられないディープチューブとか、サーファーなら一度は観た事があるだろう、あれやこれやのシーンが登場するので、サーフィン場面だけでも見所はいっぱいある。

登場する人物たちはサーフィン界の大御所たち。
個人的には大ファンであるラビット。細くて小ちゃくて(だからラビット)だった頃はさすがに知らないが、スタイリッシュでロックンロールを感じるサーファーだった全盛期、そしてすっかり渋い大人になった今に至るまでいつもラビットは最高。実際にミック・ジャガーを意識していたとかの話は納得だったが、しかし少年時代の話は衝撃的だった。あのチンピラ振りにはそうした背景があったのかと。
PTとイアン・カーンズは・・・昔からあまり好きでないので触れない(笑
MRもどうにもあのライディングスタイルが格好悪く見えるのはボクだけではないと思う。善い人そうに見えるし実際そのようなのだが。
なお日本人が一人だけチラっと出てくる(映像ではないが)。髭にサングラスのサーフィンジャーナリスト。日本最初のサーフィン雑誌Surfing WorldやSurfing Classicの編集長であった石井秀明氏。懐かしく感じるオールドファンも多いだろう。

また、ランディ・ラリックやフレッド・ヘミングスといったオーガナイザー達の話も当時の裏話として興味深く聴けるし、登場人物たちの性格や立ち位置を知る手がかりにもなる。

さらに話が一方的にならないよう、ハワイアンとしての当事者であったジェフ・ハックマンやBKやクライド・アイカウ、そしてファースト・エディーことエディ・ロスマンにも語らせているのも重要だ。
1975年シーズンのノースで何が起こったか、何故起こったか、そしてどうなったか。その「何故」の部分は彼らが語らなければならないのだから。

そして全てが解決し良い方向に向かうことになる決定的な動きをエディ・アイカウが担っていたことが語られる辺りがこの映画のクライマックスだと思う。

1978年3月、遭難したホクレア号から遥か遠くに微かに見えるワイキキの街の灯りを見つけ、「助けを呼んで来る」と言い残し、嵐の海の中へ愛用のサーフボードと共にパドルして行き、そのまま還らぬ人となってしまったエディ。

このような人物がいた事を全てのサーファーは誇って良いと思うが、そのエディがプロフェッショナルサーフィンの誕生に重要な役割を果たしていたとは、恥ずかしながらこの映画を観て始めて知った。そしてこのエディのエピソードを知ることで1975年にノースで起こったことの意味をはっきり理解することができた。
その時、プロフェッショナルサーフィンというラビットの先進的なアイディアとエディに代表されるハワイアンサーフィンの伝統が融合し、サーフィン文化が次のステップに進んだのである。

この映画はサーフィンを題材に、二つの文化が衝突し新しい文化が発生する瞬間を当事者に語らせた素晴しいドキュメンタリー映画であり、ぜひ多くの人に観てもらいたいと思う。

劇場では2009年8月1日から渋谷シアターNで公開が始まるが、それとは別に各地で「上映会」スタイルで上映されている。
昔のサーフィムービーは公会堂とか小規模ホールなどでまさに興行という感じで上映会が開催されていたが、あれと同じスタイルでこの夏各地を廻るらしい。
気楽なサーフムービーとして観る事もできるし、シリアスなドキュメンタリーとして観る事もできる懐の深い映画なので、近くで上映会があれば足を運ぶのもよいだろう。
ちなみにスケジュールは
6/6 太東の九十九里ドライブイン
6/19 芝浦のASR(ミナミ)
6/20 館山 和田コミュニケーションセンター
6/22 京都(場所未定)
6/28 横浜 サムズアップ
7/18 鵠沼 海の家くまざわや
7/20 仙台 七が浜

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